總持寺について
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瑩山禅師について

誕生〜出家

瑩山禅師瑩山紹瑾禅師は、文永元年(1264)10月8日、陽暦に換算して11月21日に、越前の国、多禰邑(たねむら)の豪族瓜生(うりゅう)邸に誕生されました。熱心な観音信者の母に育てられた禅師は、3歳にして観世音前に「ナムナム・・・」と唱えて拝み、5歳頃には土をこねて仏像をつくったり、経を読み、近隣から観音大士の応現と称されました。
禅師8歳の春、母に連れられ永平寺へ登り、3世徹通義介禅師のもとで沙弥(ひな僧)となり、13歳になると、2世孤雲懐弉禅師に随いて得度式(正式出家)を挙げ、幼名行生を紹瑾に改めて僧列に加えられました。

求法の旅〜總持寺開山

以来、本師徹通禅師に従って宗義を学び、仏経祖録の研鑚を積み、諸国行脚の旅に出られ、臨済・曹洞の宗要をたずね、比叡山では天台教学を修し、永平寺に戻られたのは21歳の秋でした。その後、師の徹通禅師に随って金沢の大乗寺に移り、寺門興隆と民衆布教に専念されました。そして28歳で徳島の城満寺を開き道元禅師のみ教えを広め、4年後大乗寺に帰り禅修行道場の体制を固め、その後数ヶ寺を創立するとともに、たくさんの弟子を導かれ教線の拡張をはかり、石川県能登の門前町に總持寺を開かれたのは禅師58歳の時でありました。
  曹洞宗の太祖大師と仰がれる瑩山禅師は、正法を広め宗旨を布演することに全生涯を投じ、偉大なる足跡を残して正中2年(1325)9月29日、62歳で亡くなられたのであります。

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