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伝道標語
山に逢っては山に棲み、水に逢っては水に棲む、臥するには臥し、起きるには起きる

仏教ではお釈迦さま以前に六人の仏陀が存在されたと説き、お釈迦さまを含めて過去七仏と称されます。その七仏を通じて受け継がれた最も尊い教えが、七仏通誡偈です。「諸悪莫作しょあくまくさ 衆善奉行しゅぜんぶぎょう 自浄其意じじょうごい 是諸仏教ぜしょぶっきょう」と唱え、その意味は「もろもろの悪いことをせず、良いことを進んで行い、自らの心を清らかに保ちなさい。これが諸仏の教えである」となります。

私は、この偈を初めて目にしたとき、正直物足りない気がしました。尊い七人もの仏陀がことさら大切に受け継いだ教えとしては、あまりにも“当たり前”に感じたからです。私の心に、「仏法というものは、簡単には理解できない深淵なものでなければならない」という先入観があったからなのかもしれません。しかし、本山に安居し禅を修行する中で、その考えはガラリと変わりました。

禅の教えの道理は、実はきわめて簡素です。「当たり前のことを当たり前に行う」ことにつきると言っていいと思います。禅の祖師方はその道理を、眼横鼻直あるいは喫茶喫飯あるいは平常心是道などと説かれています。私も教えを聞く時にはわかったような気になっていました。しかし、これが本当に腑に落ちて、さらに実践に結び付いたかと言ったら、正直否定せざるを得ません。

「悪いことはするな。良いことをせよ。」ということは、当たり前のことです。意味だけなら幼児にも理解できるでしょう。しかし、これを実践するとなるときわめて困難だということに気がつきます。誰ひとり実践できないといっても過言ではありません。身近なことに例えれば、悪いこととは思いつつ、交通ルールを逸脱してしまうことは、往々にしてありがちなことです。また、手術のあとなどに、医者から酒やたばこを禁止されたのにもかかわらず、つい隠れてたしなんでしまうという話は多く耳にします。交通安全のためには、ルールを守らないことは悪いことであり、健康のために医者の忠告を忠実に守ることは良いことであるのは、当たり前のことであり、誰もがわかっていることです。でも素直に実践できる人はまれなのです。

曹洞宗の名称の由来ともなった祖師に洞山良价禅師がいます。禅師の撰述された『宝鏡三昧』は、曹洞宗の重要な経典の一つです。その一節に「潜行密用は愚のごとく魯のごとし、ただよく相続するを主中の主と名づく」とあります。「人知れず、当たり前のことを当たり前に行うことは、一見ばかばかしく思える。しかしこれを素直に成し続けられる人こそ、最上の中のさらに最上の人間なのだ」という意味です。このような禅の視点で、もう一度七仏通誡偈を見ると、「悪いことをするな、良いことをせよ」という誡めは、まさに諸仏の金言であることがわかるのです。

ところで、表題は瑩山禅師のお言葉です。意味は「山にいたら山に住み、水あるところでは水に馴染み、寝るときは寝、起きるときは起きる」です。

ごく当たり前のことではありますが、我心がなくあらゆる場面でそのものになりきる禅の境涯が示されたとても力強いお言葉です。

私たちは、人生を急ぎ過ぎるあまり、今を生きることを忘れてしまっているようです。「日々是好日」と感じられるように、いつももう少し肩の力を抜いて、ありのままに生きてみたいものです。

平成30年8月(本山参禅室長 花和 浩明)

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