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伝道標語
今世の悲母懐観大姉、最後の遺言に於て領納し発願す。是れ亦女流済度の菩薩なり。

三十年にわたる「平成」の時代も終わりを告げ、新しい「令和」の時代を迎えてから、すでに一か月が経ちました。「令和」という元号は、『万葉集』の中にある「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す」という一文から引用されたそうですが、「人びとが美しく心寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という意味が込められているのだそうです。

「平成」の時代は、戦争こそなかったものの、二度の大震災に代表されるように、毎年のように繰り返される自然災害に悩まされた時代でもありました。

「悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄を、しっかりと次の時代へと引き継いでいく。厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい」という願いを込めて「令和」に決定したという首相談話が新聞各紙に掲載されておりましたが、たとえどのような時代を迎えましょうとも、仏様のお示しくださいましたみ教えをしっかりと学びながら、真摯にその道を歩んでまいりたいと思います。

さて、ある辞書によりますと、「令和」の「令」という字の成り立ちには、「人を集めて従わせる」という意味があるそうです。また、「令」という字に「口」が付きますと「命」という字になります。この場合の「口」は「言葉」という意味ですから、「命」という字の成り立ちは「人に言いつけて従わせる」ということになります。「命令」という言葉がありますが、「令」も「命」も、その成 り立ちとしては、まさしく「人に命令して何かをさせる」という意が強いようです。

ところで、「命」は「いのち」とも読みます。これは前述の使役の意から転じて、「天の支配するところ」ということから「いのち」を意味することになったそうですが、そうしますと、私たちの「いのち」は、「天から何か言いつけられたもの」ということになります。まさに「天命」ということになりましょうか。もしかしたら、私たちの「いのち」は、天から何か言いつけられて、この世に生まれてきた、つまり、一人ひとりがそれぞれ天から託された使命を帯びてこの世に誕生したのだと考えられていたのかもしれません。

冒頭に掲げました瑩山禅師様のお言葉は、正中二年の五月二十三日、瑩山禅師様がご遷化される三か月ほど前に発されたご誓願の中の一節です。このお言葉の中にある「女流済度(女性を救う)」というのは、お母さまの懐観大姉が瑩山禅師様に託された願いでありました。ですから、瑩山禅師様は、お母さまから託された「女流済度」の願いを、ご自分の誓願として実践修行されたのでした。

誰も自分の意思で生まれてきたわけでない以上、「人はそれぞれ天から使命を帯びて生まれてきた」などと、安易には言えないかもしれません。そもそも、それを證明することは誰にもできません。しかし、逆に言えば、自分の意思で生まれてきたわけではないからこそ、自分の「いのち」に使命を感じ、その使命とは何かということを、自らに問いかけながら生きていくということも、また許されるのではないでしょうか。 お母さまの願いを、自らに託された願いとして生きられた瑩山禅師様のお姿に学びながら、私たちもまた、己の「いのち」に使命を感じ、誓願をもって生きていくということの意義を、お互いに考えてみたいと思います。

令和元年6月(大本山總持寺 単頭 柴田康裕老師)

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