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伝道標語
道業未だ成ぜず 身命保ち難し 何ぞ後日を期せん

新年を迎え、皆様方も心新たに、新しい一年の歩みを始められたことと存じます。

古来、一年の計は元旦にありといわれますが、年の初めに今年一年の誓いをなさった方もきっといらっしゃると思います。

私はといえば、新年を迎えるたびに、「今年こそはこれをやってみよう」と必ず誓うものの、「まだまだ今年も始まったばかりだ」と、なかなか手をつけることが出来ぬままに、いつの間にか年の瀬を迎えてしまうということが、すっかり恒例になってしまいました。

それにしても、月日の経つのは早いものだと、年を重ねるごとに身に迫って実感しています。

江戸時代の儒学者に貝原益軒かいばらえきけんという人がいます。彼が八十三歳の時に著述した『養生訓』は、心身共に健康に長生きするための指南書として、当時としては大変なベストセラーになったと伝えられています。

その『養生訓』に、「年をとると若い時に比べて、月日の経つのが十倍早くなるので、一日を十日、十日を百日、ひと月を一年と考えて、毎日を楽しみとして精いっぱい生き、一日も無駄に過ごすことの無いようにするべきである」との言葉があります。

私はこの言葉には、年を取るごとに身につまされる思いがいたします。

「仏道を歩むと誓った身の上でありながら、日々ボーッと惰性で生きてはいないだろうか・・・」といつも反省しています。

表題の言葉は、瑩山禅師が撰述された『伝光録』大鑑慧能禅師章のお言葉です。

唐の禅僧である慧能禅師は六祖慧能禅師とも称され、禅師の祖録『六祖壇経』は禅宗祖録の白眉とも言われています。禅師は生涯「本来無一物」の禅風を徹底なされ、一方では、禅の中国全土への拡大にも大きな役割を果たされています。

ところで、表題の意味については、「自分の道として歩んできた仏道は、まだまだ修行の途中である。それにもかかわらず、この身命はいつ果てるかわからない。だから、あとでいつでも成し遂げられるから、とは考えずに、いつも“今日一日“と思って精一杯生きなければならない」といたします。

御開山瑩山禅師のお言葉として、それぞれの道を歩む今日の私たちにも大変励みになるお言葉だと思います。

奇しくも本年 令和二年(二〇二〇年)は東京オリンピック開催の年に当たります。オリンピックのモットーは「より速く、より高く、より強く」であるといわれています。オリンピックを目指す選手たちは今、最高の力が発揮できるよう、日々たゆまぬ努力を続けているところです。

私たちも、オリンピック選手に負けないよう今年こそ、一年の計が遂行できるよう「より心を込めて」一日一日をしっかりと歩みたいものです。

令和2年1月(大本山總持寺 布教教化部参禅室長 花和 浩明)

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