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伝道標語
若し真師に逢て参徹せずんば、今日如何が祖師の正法眼蔵を開明することあらん。

二か月ほど前に新幹線で帰省する際、無料で配布された旅行雑誌を見ておりましたら、「一瞬と一瞬」と題したエッセイが掲載されておりました。

数十年前のことだそうですが、あるルポライターが山梨県の小淵沢に住む友人のお宅に遊びに行ったところ、「UFOは存在するか」という話になり、その時に「野辺山宇宙電波観測所」で研究をされているという男性が、次のような話をしてくれたそうです。

「この広大な宇宙には、数千億個の銀河があり、その銀河の中に、太陽系のような惑星系が無数にある。したがって、私たちのような知的生命体が、どこかに存在するということは間違いない。しかし、宇宙が誕生してから百数十億年、地球が誕生してから四十数億年という膨大な時間の中で、我々人類がこうして存在している時間は、ほんの一瞬に過ぎない。その一瞬の中で、同じ生命体が同時に存在するという可能性は極めて低い。まして、広大な宇宙空間を超えて、知的生命体同士が出逢うということは、ほとんどありえない。」

この話は、そのルポライターにとって、とても印象深いものであったそうですが、最近になって、野辺山の天文台を訪れた帰りに、たまたま立ち寄った小渕沢の食堂で、思わず声を上げてしまったそうです。なぜならば、そこには、数十年前に訪れた友人の娘さんがおられたというのです。当時は小さな子供であったその娘さんは、現在、結婚して東京に住んでおられて、音楽活動をされているそうですが、その日は久しぶりに帰郷して、幼なじみと会食をしながら、お互いの近況を語り合っていたんだそうです。

男性研究員の話を一緒に聞いていた娘さんと、数十年という時を超えて、偶然にも再会したそのルポライターは、次のように思ったと言います。

「我々人類が、この宇宙に存在する時間は、ほんの一瞬かもしれない。しかし、その一瞬と一瞬の中で、偶然に出逢うということも、全くないわけではない。そうであるならば、知的生命体同士が、同じ一瞬の中で出逢うという、ほとんどゼロに近い可能性も、全くないとは言えないのではないか。」

私は、このエッセイを読みながら、「UFO」の存在はともかく、人と人との出逢いの不思議さ・尊さを感じずにはいられませんでした。確かに、私たちがこの世に存在する時間は、悠久の時の流れの中では、ほんの一瞬に過ぎないかもしれません。しかし、その一瞬の中で、かけがえのない出逢いを重ねながら、無限の人生を営んでいるのです。その一瞬の出逢いが、無限の可能性を秘めているとも言えます。だからこそ、この一瞬の出逢いが大切なのです。

冒頭掲げました御開山様のみ教えは、まさにこの出逢いの大切さをお示しになられたお言葉です。「真師」とは、正しい教えをお示しくださる師匠です。そういう師匠に出逢わなければ、お祖師様方が今日まで伝えてこられた真実の教えを明らかにすることはできないとおっしゃっておられます。

ただし、御開山様のお示しにある「真師との出逢い」は、ちょっと立ち寄ったお店でたまたま出逢ったというような、偶然的なものではありません。むしろ広大な宇宙に向って、全神経を集中して見つめる天文台のように、常にアンテナを高く立てながら、自ら求めていくという、真摯な求法の賜物であると言えましょう。

新しい年度を迎え、新しい生活を始める方も多いと思いますが、皆様にとって、素晴らしい出逢いが数多く訪れますことを、切にお祈り申し上げます。

令和2年4月(大本山總持寺単頭 柴田 康裕)

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