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伝道標語
光陰惜しむべし。時は人を待たず。一朝眼光落地を待つこと莫れ。

「時間を惜しまなくてはならない。時は人を待ってはくれない。無駄に過ごして死を待つようなことではいけない」

各寺院には「木版」という木の板の鳴らし物があります。それには「生死事大、光陰可惜、無常迅速、時不待人」(生死事大なれば、光陰惜しむ可し、無常迅速にして、時は人を待たず)と書かれており、仏道修行に臨むにあたって、一瞬たりとも時間を無駄にすることが無いようにとの覚悟を示しています。「木版」は修行僧が修行に入る際に一番初めに鳴らす物でもあり、一日に何回も鳴らされるものであります。そのように目に付きやすい場所に書かれて、戒める必要があるほど、人はいたずらに時を過ごしてしまいがちであるのです。そして当たり前に続くと考えていた日常がいきなり終わってしまう可能性もゼロではありません。私自身、總持寺での修行中に病気になり自力で歩くことができない状態で緊急入院をした経験があります。当たり前に居ることができた場所を失い、死を近くに感じ恐怖を感じました。今は幸い回復いたしましたが、私がそうであったように誰でも等しく今の日常を失う可能性があることを自覚しなければいけません。

しかし、その様な経験があっても近頃私自身時間の使い方が下手であると感じることがあり、この「光陰惜しむべし。時は人を待たず。一朝眼光落地を待つこと莫れ。」という標語は身に染みる思いです。

私たちの生活しているこの現代では、スマホやパソコンなどを通して、様々な情報と常に隣合わせの環境が整っており、誰かと連絡をとる為になどなくてはならないものとなっています。しかしその為もありスマホなどはとくに手放せない物となり、特に用がなくても常に握っていたり、ゲームなどで遊んでいたりと依存に近い状態になりつつある事も伺えます。ですが、そんな便利な環境であるにも関わらず、自分のやりたいことが一向に手につかない状態に陥っている方を見受けることがよくあります。手軽で便利であるがゆえに、自分の持つ時間を簡単に費やす状況になっているといえます。今一度自分が何を行いたいかを改めて考える必要があるのではないでしょうか。休憩時間や休日などのちょっとした時間、体を休めるなり、趣味に使うなり、やろうと思えば様々なことが出来るにも関わらず、気づけば休日一日をずっとだらだらと無為に過ごすだけで終わってしまうこともあるかもしれません。

スマホなどを使うことを非難しているわけではありません。本当にやりたいことであり、するべきことであるなら大いに活用するべきです。ですが自分がスマホなどに依存しきり、支配されてはいけないのです。わかってはいてもなかなか実行することは難しい事ではありますが、自分の本当に求める物が何なのか、自らの行いを一度見直してみてはいかがでしょうか。

令和2年2月(千葉県 般舟寺 住職 石川大光 老師)

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