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伝道標語
無常を観ずることを忘るべからず、これ探道の心を励ますなり

「無常」とはいつの間にか季節が移ろい過ぎていくが如く、この私の命も含め、全ては少しもとどまることがないというお釈迦さまのお悟りです。

瑩山禅師さまはこの無常を観ずれば、それが真っ直ぐ探道に繋がっているとお示しです。「探道」とは坐禅のことです。瑩山禅師さまもまた永平寺をお開きになられた道元禅師さまと同じく、御生涯を通して坐禅三昧のお方でございました。

瑩山禅師さまは『坐禅用心記』の中で、坐禅の功徳を生きとし生けるものに回らせなさいとお示しです。これは瑩山禅師さまにとって坐禅とは、とりもなおさず菩薩さまのお姿にあこがれる心、菩提心を抱き続けることであるからです。我が子を思うが如く他者を慈しみ、誰かの悲しみを我がことが如く悲しむ心。人々にかぎりなく寄り添う菩薩さまのお姿に近づきたいと願う心です。

標題は「一大事である私の命も、大自然のそれのように、とどまらず過ぎ去ってしまうものであると心底観ずれば、自ずと他の幸せを願い、隣の人の悲しみに寄り添う菩薩行をせざるを得なくなる」と私は受け止めております。

昨年、私が敬愛するご住職が入院されたと聞き、お見舞いに伺いました。前もってご家族がご本人に連絡を取って下さったからなのか、突然の訪問に驚く様子もなく「よく来た」と目を細められました。そして私が想像した以上の、ゆっくりとした動きで、ベッドの上に体を起こされました。近年入退院を繰り返していた事をそこで初めて知り驚きました。

病状を尋ねる私にご住職は、病院食が意外とおいしいという話や、病室の窓が駐車場に面しているので、動きがあって退屈しなくていいといった、たわいない話をしました。ご住職の体形は往時とそう変わり無く見えましたが、声の張りや以前と違って丸くなった背中から、あまりお加減が良くないのは言外に伝わってきました。

長居をしてお身体に差し支えてはいけないと、そろそろ辞去しようかと思った時です。この病気になって分かったことがあるよ、とご住職は徐に言われました。

「もしこの病気に誰かが罹らなければいけないと仮定したなら・・・、私にじゃなくて、連れ合いが罹ったとしたら、私はもっと苦しんだと思う。もしこの病気が子どもにいったと思ったら、それこそ想像を絶する苦しみだろう。では友人ならいいか、などとはやはり思えない。誰か知らない人に、自分の代わりに病気が罹ってくれたらと想像してみたが・・・、やはりそれもまた、どうしても願えなかった。」

そう言った後、少し間をおいて「いろいろ考えたが、この病気は自分がいただいていくのが一番楽な道だった。」と、本当に爽やかに微笑まれました。

ここに至るまでの心の葛藤や悲しみは如何ほどであったのか。眠れない夜をどう越えられてきたのか。私にはどんなに想像してみても及ぶべくもありません。

言葉の見つからない私にご住職は続けます。

「もう人生最後だと思ったら、願うのは自分の幸せじゃなかったよ。」そう言って、私の手を両手でぎゅっと包み込みました。

「あなたの幸せも心から願っているからね。」とご住職は言いました。

自分の命に限りがある。そう心底感じたならば、あと願えたのは、大切な人、他の人の幸せだけだったというのです。そしてご住職は誰もがそうだというのです。これこそが私たちが仏様の種を持って生まれた証であると。

ご住職のその手の力強さと、どこまでも優しい言葉の響き。私はその時、菩薩さまのお姿と出会いました。この時、瑩山禅師さまの教えが理屈抜きで、ストンと腹に落ちたのです。

私たちは誰もが仏の種を持っている。だから大丈夫。仏様の姿にあこがれ続ける日々をともに過ごしてまいりましょう。

平成29年10月(青森県 清凉寺住職 柿崎宏隆)

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