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伝道標語
人人悉く道器なり、日日是好日なり、ただ子細に参と不参とに依って徹人未徹人あり

今年も春を迎え、本山の境内は様々な桜の花によって華やかに彩られました。暖冬の影響もあって、それぞれの桜は例年よりかなり早まっての開花となりました。

本山では例年、まずニ月の下旬に大祖堂と佛殿前の彼岸桜が薄紅色の花を咲かせます。続いて三月になると向唐門前の緋寒桜が真っ赤な花を咲かせます。そして下旬になると三門脇の大島桜が白い花を咲かせ、時を待たず、金鶏門脇の枝垂れ桜が咲き、そして向唐門前の広場にソメイヨシノが淡いピンク色の花を一面に咲かせます。

本山の春は、私のイメージの中ではでは毎年、この桜のリレーとともにやってきます。本来であれば、たくさんの参詣者がいろんな種類の桜の花のもと、にぎやかに花見を楽しんでいるところです。しかし本年は、コロナ禍で入山が制限され、ごく一部の人が遠慮がちに眺めていくだけでした。

そんな事情を知る由もなく、本山の桜の樹々はいつも通り何事もなかったように、それぞれ見事な桜の花を咲かせていました。

そして本山の桜リレーが終わりを迎えようとする四月八日、お釈迦様のご生誕日を祝う花祭りがやってきます。

お釈迦さまは、お生まれになって直ちに七歩あゆまれて右手で天を、左手で大地を指さされて、「天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん」とお唱えになられたと伝えられています。いろんな解釈ができると思いますが、私としましては、のちの仏教の展開を考慮して、「この世の中で、私がいただいたこの命ほど尊いものはない」と解釈したいと思います。

お釈迦さまは、生涯をかけて命のありかを探求し、命の尊さを説いてこられました。『涅槃経』には「一切衆生悉有仏性いっさいしゅじょうしつうぶっしょう」の教えによって、人は誰もが「仏の種子しゅうじ」を有していることが説かれています。すなわち世界中の誰もが仏になるべき存在であり、また誰もがその可能性を持っていることを明かされておられるのです。

表題のお言葉は、瑩山禅師が『伝光録』で説かれたお言葉です。私なりに解釈しますと「人は誰もが、尊い仏の道を歩むにふさわしい器である。そして仏の道を歩むとき、一日一日はこの上なく尊い日になるのだ。ただ、仏の教えを学びこれに参ずるか、否かによって、尊い道を歩む人と歩まない人との違いができるのだ。」という意味になります。

瑩山禅師は、すべての人びとに仏となる可能性を認め、ひとり残らず仏道に導きたいと願っておられました。そしてその願いは今日の總持寺に受け継がれています。

ところで、桜の木は気温と時期という条件が整えば、どの木も見事な花を咲かせることができます。

その桜と同じように、世界中の誰もがこの世で仏法に巡り合い、それぞれの「仏の種子」を花開かせ、人生の尊い春を迎えられることを願いたいと思います。

令和3年4月(本山布教教化部参禅室長 花和浩明)

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