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伝道標語
檀那を敬うこと、仏のごとくすべし。戒定慧解、皆、檀那の力に依って成就す。

新型コロナウイルスに翻弄され続けた令和二年も終わり、令和三年の新しい年を迎えました。まず年の初めに、一日も早くこの世界規模の感染症が克服され、明るく落ち着いた世の中が戻ってくることを切に祈念いたします。

ところで本年、大本山總持寺は開創七百年の記念の年を迎えます。『總持寺中興縁起』に伝えられるところによると、今から七百年前の元亨げんこう元年、すでに高僧として知られ多くのお弟子を抱えておられた瑩山禅師は、住持されていた永光寺ようこうじである夢を見られます。それは、禅師がかねてから禅院にしたいと思われていた諸嶽もろおか観音堂の山門をくぐったところ、寺の住職はじめ多くの僧侶の出迎えをうけ、住職からその寺を譲ること申し出られた、という夢でした。そしてそれは正夢となりました。実は、観音堂の住職であった定賢律師じょうけんりっしも観音様のお告げとして同様の夢をみておられたのでした。律師は観音様のお告げを信じ、まもなく訪れられた瑩山禅師に観音堂を快く譲られたのでした。こうして真言律院であった諸嶽観音堂は、禅院に改宗され諸嶽山しょがくさん總持寺として瑩山禅師によって新たに開創されたのでした。

瑩山禅師は、お母様の影響もあって、幼いころより観音様への信仰がたいへん厚い方でした。そして、観音様と同様に「大悲の御誓願」、すなわち「未来永劫に渡ってすべての人びとを、あらゆる苦しみからお救いしたい」という誓いを立てておられます。また、檀信徒のことを常に大切にされ、尊ばれました。表題のお言葉もそうですが、「我が仏法修行は檀越だんのつの信心により成就す(『盡未来際置文』)」というお言葉からは、禅師の檀信徒に対する慈悲深い思いが伝わってきます。禅師は、残り少ないこの世での時間を悟られ、衆生済度の思いを未来に届けんがために、最晩年に總持寺を開創されたのではないかと私は思います。

開創以来、總持寺は能登の地で五百九十年、横浜鶴見の地で百十年、合わせて七百年の歩みを進めてまいりました。この七百年の間には数々の困難がありました。その最大のものは、明治三十一年の大火ではないでしょうか。ひとたび大本山總持寺は灰燼に帰してしまいましたが、現在の地に移転し、全国の御寺院様がた、それまで支えていただいた檀信徒の皆様がた、そして新たにご縁を結ぶこととなった檀信徒の皆様がたの、並々ならぬご尽力により見事に復興を遂げることができました。さらに、今日では「開かれた禅苑」としてまた「寺檀…ともに歩む本山」としてその大いなる役割を果たそうと努めています。

さて表題のお言葉ですが、私は「檀信徒を敬うことを、仏さまを敬うようになさりなさい。すべての仏法は、皆、檀信徒の(信仰の)力があってこそ成就することを忘れてはいけない。」と解釈いたします。檀信徒を尊ぶ僧と、僧を尊ぶ檀信徒が和合して、初めて仏法が成立することを瑩山禅師は私たちに教えられているのだと思います。

昨年はコロナ禍で、本山と檀信徒のつながりが希薄になってしまった感があります。しかし信仰の絆は決して途切れることは無く、どんな難局をも乗り越える力になるものです。本年こそ寺檀和合和睦の思いを強くして皆でこの艱難を乗り越えていきたいものです。

令和3年1月(本山参禅室長 花和 浩明)

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